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LifeWell えーきちブログ
末期がん、お家に帰ろう

鍼灸マッサージ師として在宅患者に関わった40代

はじめての患者さんは、亡くなる寸前のがん患者さん

鹿児島の鍼灸専門学校を卒業したのが41歳のとき。
ゆうの森の永井理事長に「資格を取ったら、連絡を・・・」とは言われていたものの社交辞令とはもちろんわかっていましたし、この歳で!経験もないのに!正社員で!雇ってもらえるとは露とも思っていませんでした。

それが、本当にありがたいことに正社員として拾っていただけたのです!

入職して新人研修を受けたり、鍼灸マッサージ治療院の開業手続きをしたりしていた頃、
看護師さんから声がかかりました。

「マッサージをお願いしたい患者さんがいるんだけど、行ってくれるかなぁ」

開業前だし、料金体系とか療養費支給のための申請書とか、まだ何も揃っていないときでした。
何より、鍼灸マッサージ師としてマッサージをする初めての患者さんです。

内心、びびっていました・・・
でも、これからこの仕事で生きていくのだから、断る理由はありません。

看護師さんに連れられて、患者さんの家に向かいました。

がん末期の高齢女性患者さんは、すでに苦しそうに肩で息をされていて、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。

「お母さん、マッサージの人が来てくれたよ。よかったねえ
あんなにマッサージをして欲しいって言ってたもんねえ」

息子さんの奥さんと思われる方が、患者さんに声をかけていました。

患者さんを前にして、私はどこをどうマッサージすればいいのかわからずに
ただただ茫然と立ち尽くしていました。

そして「ああ結局、一番帰りたくなかったこの場面に帰ってきてしまった・・・」と思ってしまったのでした。
ベッドサイドにぶら下がっている尿を溜めるための袋、酸素吸入のための鼻チューブ、痩せ細った体で苦しそうに息をする患者さん、そして匂い・・・その光景は、思い出すのもつらかった父と母の最期の場面と重なりました。

ここが、これから私が生きていく世界(業界)なのだ・・・

茫然としながらも、そう恐れた自分を覚えています。

立ち尽くす私を横目に、お嫁さんが患者さんの体をさすりはじめました。
それ見て、私も同じように患者さんの体をさすりました。
どれくらいそれを続けたのか分かりませんが、それが私の鍼灸マッサージ師としての最初の患者さんでした。

自分の無力さしか感じませんでした。

たくさんのがん患者さんが教えてくれたこと

開業後に紹介された患者さんの多くは、がん末期の方でした。
がん末期の方のマッサージ方法など、鍼灸学校で学ぶはずもなく、患者さんにどういうマッサージが気持ちがいいのか伺ったり、身体の反応をみたりしながら、経験を積んで行きました。

意外なようですが、骨と皮のように痩せ細った患者さんは強い刺激が気持ち良いと好まれ、腹水がたまり全身浮腫でぷよぷよされている患者さんは、ただ手のひらでゆっくりとさするようなマッサージを希望されました。

患者さんがおっしゃるには、マッサージの後、数時間は身体が楽になるのだそうです。
在宅医療でも医療用麻薬などを使用して、病院と遜色のない疼痛コントロールが可能です。
しかし、痛みは取れても、身体のだるさは薬では取れないようで、マッサージはこの身体のだるさに効くようでした。
効くと言っても、数時間のことではありますが・・・

今、こうして文章を書きながら、多くの亡くなっていったがん患者さんの顔を思い出しています。

初めての定期患者さんは、強い刺激がお好みのまだ50代の男性。
黄疸のため肌が浅黒く、ギョロリとした目つきで、言いたいことははっきりという人だけに、最初はびびりまくっていたのですが、その人が私のマッサージをとても褒めてくださったのです。
この人のおかげで、仕事を続ける自信が持てるようになったくらいです。

遠く沖縄から四国・松山に嫁いできた、私と同い年の女性患者さんはとても朗らかな人でした。むくみで足がパンパンに腫れ、膝も曲げられないような状態でしたが、マッサージを続けるとむくみが減って膝が曲がるようになり、訪問リハビリも関わるようになって室内を歩けるようになった患者さんです。
マッサージ中、彼女が今ハマているという刑事コロンボの話で大いに盛り上がったことも。
いろいろなことを語り合ってマッサージを終えた後、彼女が恥ずかしそうに「こっちに来てから友達がいないんだけど、友達って呼んでもいいですか?」と言ってくださいました。

同い年くらいの女性患者さんを担当することが何度となくありました。

初回の訪問で私を玄関まで迎えに来てくださった私より一つ年上の女性は、中学生と高校生の子どもさんがいて、市内に住むご両親が介護に毎日訪れ、単身赴任中だったご主人も休みを取って自宅にいました。

私のことを玄関まで迎えに来てくださったのに「早く死にたい」「つらい」と口癖のようにおっしゃていました。
マッサージ中は少しうとうととされていたのですが、終わるとやはり「死にたい」「つらい」と口にするのです。
お母様もご主人も、そんな彼女を遠くから心配そうに眺めるだけだったので、二人を呼び寄せて、足のマッサージをしてもらうことにしました。
ご主人が右足、お母様が左足。
女性は二人にマッサージをされ始めると穏やかなお顔になり、否定的な言葉をいうこともなくなりました。

「マッサージの時間だけが、唯一の熟睡できる時間だ」と言ってくださった患者さんは何人もいました。

抗がん剤の後遺症で、身体が常に痺れていて熟睡できないそうなのです。
人の手が触れると、「触れた」と脳に伝わる信号が「痺れ」を感じる信号を打ち消すのだと思います。
マッサージの間、すやすやと寝息を立てながら、みなさんよく眠っていらっしゃいました。

「はじめて痛いところを触ってもらえた」

と喜んでくださった人もいます。
入院中は、どんなに身体が痛いと言っても、誰も触ってもさすってもくれなかったから、とても嬉しいとおっしゃっていました。
訪問するスタッフといろいろあって、
訪問看護師も在宅医も来なくていいと拒絶されるときであっても、
「私には、この手が必要なんよ」と
マッサージの私にだけは来て欲しいと言われました。

この女性患者さんは、私と同い年。実は高校の同級生でした。
初回はわからなかったのですが、訪問を重ねるうちに高校の同級生だと分かりました。
きっと彼女も気付いたと思います。
でも、お互いにその話題には触れませんでした。
介護をするご両親にも、「私は娘さんの同級生です」とは言えませんでした。

病気で死を目前にした彼女と、その彼女をケアする健康な私。
この目には見えないけれど、二人の間に屹立する壁の
「明日がある」と信じられる方にいる自分が
「過去には同じ場所で生きていたんですよ、こんなときに再会するなんて奇遇ですね」
という意味を突きつけるような言葉を彼女にも、彼女のご両親にも発することはできませんでした。

訪問は至福の時間でもありました

もちろん、患者さんは末期のがんの方だけではありません。

脳梗塞後遺症の方、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の方、脳性麻痺の方、認知症の方、そして介護をされるご家族の方々・・・多くの方と出会いました。

マッサージを喜んでくださった患者さんもいれば、今ひとつだったのか導入に至らなかった方、途中でやめた方もいらっしゃいます。
マッサージのことだけでなく、患者さんに関わる専門職として、
もっと配慮ができたのではないかと後悔することも多々あります。

それでも、訪問鍼灸マッサージの仕事をしていた頃は、
患者さんのご自宅でマッサージをするこの時間、この瞬間は
ただただ、目の前の患者さんのことだけを考えていられるという
幸せな時間でもありました。

がん患者さんが教えてくださったがん患者さんへのマッサージの方法は、
「がん患者の会」で患者さんやそのご家族へお伝えする機会もいただきました。

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ABOUT ME
えーきち
永吉裕子(ながよし ゆうこ) 【介護支援専門員(ケアマネジャー)、鍼灸師、あんま・マッサージ指圧師資格取得】 在宅医療を主体とする医療機関に13年間勤務。 その間、たくさんの在宅患者さんやご家族と出会い、全国の素晴らしい在宅医療関係者と出会いました。 在宅医療で可能になる「生き方、逝き方」をすべての日本人に知ってもらいたい。 「最後の日まで、自分らしく生きる」ために、在宅医療と上手に付き合ってもらいたいと考えています。